信ずる者は救われる

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信仰に殉じて命を落とす者は、毎日、世界中に大勢いる。そもそも全ての戦争は、宗教戦争なのだ。宗教そのものが戦争を引き起こすこともあるし、戦争を引き起こすために宗教が利用されることもある。

一見、宗教の体裁を備えていないようなものも、価値観を統一するための手段として捉えると、マルクス・レーニンを信仰する宗教だったり、「資本」を信仰する宗教だったり、現人神を信仰する宗教だったりして、対立する価値観を異教徒のように扱いながら戦争が行われてきた。

現代の日本人のほとんどは、信仰心とは関わりが薄い生活をしているので、その辺の感覚が鈍くなっているが、信仰のために命を投げ出すことは、世界的にはむしろ当たり前のことなのだ。人間は信仰の為なら喜んで命を投げ出す。エホバの人が輸血をしないことにより命を落としても、彼らに信仰心がある限りは、それで幸せであるし、自然分娩信者が自然分娩で我が子の命を失くすのも幸せなことなのである。信者の生命観に関して、周囲がとやかく言う問題ではない。

一般の病院の一般の診療も、現代医学を最良のものと信じるという意味では、「現代医学教」と言って良いだろう。病院は「現代医学教」の教会のようなものだ。

現代医学とは価値観が異なる信仰を持った患者が病院を訪れるのは、患者にとっても病院にとっても不幸なことだ。エホバの人は、「現代医学教」の教えを散々説かれたあげく、何枚もの同意書にサインをさせられる。自然分娩信者は、工場のベルトコンベアーのような扱いをされたと感じる。

このような患者に対して病院が行う最も犯しやすい過ちが、「現代医学教」の価値観を押し付ける行為である。根底にある価値観が違うのだから、論理的に説明してどうにかなるものではない。「現代医学教」の教会なのだから、それらしく、現代医学を信じる者だけを診療の対象として、異教徒は異教徒の教会で完結してもらうのが、お互いのためというものだ。

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この記事へのコメント

ないかい
2007年07月12日 16:44
目から鱗でした。その通りですね。実に明快で簡潔で分かりやすい論理でした。
感動した。
kame
2007年07月12日 17:33
他の神様と比べて、「現代医学教」が信仰の対象とする「現代医学」は、あまりにも不完全で不確実な存在であるのが、弱点だと思います。
うろうろドクター
2007年07月14日 12:14
コメント、トラックバック有難うございました。
仰るとおりで、人の価値観はそれぞれですし、命より信仰が大切だと思うのは、私もありだと思います。

エホバは自分で病院を作って、教義に沿った治療を行なう。
吉村医院は、不幸な転帰になろうとも、転院させず最後まで面倒をみる・・・

中途半端で、本当に困った時には病院に行くから、
われわれ「現代医学教」の信者に、糾弾されてしまうのですよ。
kame
2007年07月17日 19:03
この手の議論って、NATROM氏のコメント欄にみられるように、見えない溝のこちら側とあちら側で虚しくすれ違うのが特徴だと思います。

お互いに納得することは無理ですから、一方が折れることができなければ、距離を取るのがお互いのためなのでしょう。

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